2012年03月02日

八戸の町造り

青森県には数字にまつわる地名が
たくさんあり、一戸、二戸、三戸と
いう地名があることを
以前記事にしたことがありますが、

八戸市の市内に目を向けても
数字のついた地名がいっぱいあります。

その理由が朔日町のバス亭の
目の前にある
IMG_5969.JPG
一松堂医院の前に
書かれています。
IMG_5966.JPG
写真だと字が小さいので
書きだすと、

『八戸の町は、かつて二万石の城下町でした。
町の中には「日にち」のついた町名があります。

その日にちの当日には、毎月「市」がたって、その
町がにぎわうように、配置されたと云われています。
 ここ朔日町は、城下町の中心街に近く、元禄
五年(一六九三年)に移転してきた来迎寺と共
に、鍛冶屋や車大工、蹄鉄屋さん等の職人の町
でもありました。
 西どなりが六日町(通称さかな町)、東となり
が十一日町(通称塩を売る店のある塩まち)の間
にあり、輸送業を営む人もいて栄えていました。
 戦後このあたりの様子は変わりましたが、
ここには明治九年(一八七六年)に創設され、
百二十年余りの歴史を刻む一松堂(種市)医院
があります。医院は、五代にわたり家業を受け
つぎつづけ、やさしい大黒様と因幡の白兎の絵
は、医院のシンボルとして知られています。
 ここ朔日町の表通りは、八日町です。八日町の
八と朔日町の一をたすと、九になります。九は
易学上で最高の数字と云われ、八戸の城下町の
表通り裏通りの数字をたすと、九になるように
配置されているのも興味深いことです。
 なお、「文久改正八戸御城下畧図」は、文久年間
(一八六一〜一八六三年)に描かれたもので、現在
八戸市立図書館に所蔵されています。

  郷土史家 正部家種康』
という内容です。

IMG_5958.JPG
この地図を見ると、
IMG_5959.JPG
十三日町、三日町、八日町、十八日町と対になって
十六日町、六日町、朔日町、十一日町と並んで
いることがわかります。どこの通りも
足せば末尾は9になります。

何故、九が良い数字なのかというと、
「久」に通じ、永遠とか、
最高・最大に通じるからです。

この八戸市のメインストリートが
完成したのは寛永7年(1630年)の
ことですから、今から382年前のこと。

IMG_5960.JPG

IMG_5961.JPG

IMG_5962.JPG

こういう話って面白いと思いませんか?
歴史を知るのがアイデンティティ
(自分自身・己)を確立する
一番の近道だと思います。
青森県や八戸市は田舎だと
馬鹿にしたものでもありません。
若い人にはもっと昔のことを知っていただき、
自分の住んでいる地域にもっと愛着を持って
欲しいですね。
ラベル:八戸市
posted by ESE at 22:37| 青森 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 郷土 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分が生まれ育った土地の歴史を知ることが、

アイデンティティを確立する近道♪

なるほど〜と思いました。

ESEさんの八戸を愛する気持ちが伝わってまいりましたよぉ。

Posted by トニー at 2012年03月02日 23:28
数字のついた地名が多く、
足すと末尾が9になるとは、不思議というか面白いですね。
Posted by りりり at 2012年03月03日 15:53
トニーさん、郷土愛って大切だと思いますよね。
Posted by ESE at 2012年03月03日 20:12
りりりさん、こんばんは♪
数字というか日にちですね。
色々組み合わせとかすると新しい発見があって面白いです。
Posted by ESE at 2012年03月03日 20:15
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